CREATIVE.NOTES / MUSIC × SYSTEMS
2026.09.21 / MD STUDIO · OPEN SOURCE
十年前の自分に、再生ボタンを。
音楽を季節ごとに残すために。MD Studio を公開しました。

曲を書いていて、どうしても次の音が見つからないことがあります。そんなとき、私は少し前の流行を追いかけるかわりに、棚から古い MD を取り出すことがあります。十年前のこの季節、自分は何を聴いていたのだろう。どんな曲が街に流れていて、私はどんな音楽を書いていたのだろう。
再生すると、曲だけでは思い出せなかった感覚まで戻ってきます。その頃に気に入っていた音色、今なら選ばないような展開、まだ形になりきっていなかった自分の好み。小さなディスクは、過去の自分の耳に、もう一度触れるための入口になっています。
MD Studio は、そうした私自身の習慣から生まれたアプリです。今も使いたい道具を、これからも無理なく使い続けられるように。既存のオープンソースを土台に制作の流れと画面を整え、AI と一緒に MD を作れるようにしました。
一枚に残す、ひとつの季節。
私は以前から、毎年の四半期ごとに音楽をまとめ、MD に録音して残しています。その時期に流行していた曲、繰り返し聴いていた曲、そして自分で書いた曲。同じ時期に自分の耳を通った音楽を、一緒に収めておくのです。
曲を選んで並べると、その季節に自分が何に惹かれていたのか、少しずつ輪郭が見えてきます。世の中で流れていた音楽と、自分が作ろうとしていた音楽。その距離や重なりも、あとから聴くとよくわかります。
容量に限りがあることも、この習慣にはよく合っています。どの曲を残すか、どんな順序で聴きたいか。選ぶ過程で一度きちんと音楽に向き合うから、年月がたっても、その一枚を手に取る理由が残ります。
たくさん持てる時代に、取り出せる記憶を。
今では、一台のパソコンに何千、何万という曲を保存できます。便利さは疑いようがありません。ただ、膨大なファイルの中から「十年前の春、私は何を聴いていたか」を探すのは、曲名で検索するのとは違う難しさがあります。残してあることと、また聴くきっかけがあること。その間には、思いのほか距離があります。
HDD や SSD の寿命を一律に何年と決めることはできませんし、MD も永久保存の媒体ではありません。元の音源や制作データには、複数のバックアップが必要です。私にとって MD は、そのうえで、ある時期の音楽をひとまとまりの体験として残しておくための場所です。
カセットにも、CD にも、それぞれのよさがあります。MD はデジタルで扱えて、CD より小さく、ケースに守られたディスクを並べておける。音にも満足できる。手に取り、選び、聴き直すという私の使い方には、今でもこの小さな媒体がよく合っています。
古い音が、次の曲の入口になる。
ファッションと同じように、音楽の感覚も時代を巡って戻ってくることがあります。ある頃のリズムの跳ね方、シンセサイザーの質感、歌と余白の関係。毎回同じ周期で繰り返すわけではなくても、古い曲を今の耳で聴くと、新しい曲の入口が見つかることがあります。
昔の音楽に触れると、その時代の流行だけでなく、それを聴いていた自分の判断にも出会えます。今ならどう展開するだろう。ここには別の音を置けるかもしれない。そうした小さな問いが、行き詰まっていた制作を動かしてくれます。私が MD を使い続ける理由には、この創作とのつながりがあります。
使いたい人の手で、道具の時間をつなぐ。
日本で親しまれた MD も、現在の音楽環境では主流ではなくなりました。ソニーは SonicStage CP のダウンロード提供を 2013 年に終了し、録音用 MD メディアの生産も 2025 年 2 月に終了しています。新しいパソコンで使い続けるための公式の道筋は、以前よりずっと細くなりました。
その間をつないでくれたのが、機器の仕組みを調べ、実装を公開してきたコミュニティです。asivery 氏の Web MiniDisc Pro と、NetMD・Hi-MD を支える開発者たちの仕事があったからこそ、今の環境でも MD を作ることができます。MD Studio は、その積み重ねの上にあります。
私が今回手を入れた中心は、日常の制作用途に沿ったワークフローと UI、そして AI から操作するための入口です。元のプロジェクトへのクレジットとライセンスを引き継ぎ、MD Studio も GPL-2.0-only で公開しました。使い続けたいと思う人が、次の改善を重ねられる形にしておきたいと考えています。
曲を選ぶ時間を、入力作業に取られないために。
MD を作るとき、意外なほど時間がかかるのがタグの入力です。曲名、ディスク名、グループ名。日本語では、通常タイトルに使う半角カタカナの読み方と、全角タイトルに残したい漢字交じりの原文も整理したくなります。元ファイルのタグが揃っているとも限らず、ファイル名だけを頼りにすることもあります。
MD Studio では、対応する AI クライアントから MCP や CLI を通して、この作業を頼めるようにしました。ChatGPT などの AI に音楽の場所と希望を伝え、曲順、タイトル、読み方、グループをまとめて整理してもらう。付属の Skill には MD の文字や項目の規則をまとめ、普通の MD と Hi-MD の違いも踏まえて判断できるようにしています。
一言の依頼から、細かな入力へとつなげられることが今回の大きな変化です。もちろん、固有名詞の読み方や不確かな情報は確認が必要です。AI が整えたプランを見て、必要なところを直して、録音を指示する。画面でも同じ曲順と進捗を見られるので、自分で操作する時間と AI に任せる時間を自然につなげられます。
たとえば、こんなふうに。
このフォルダーの音楽を曲順に整理して、LP2 で MD にしたい。通常タイトルは半角カタカナ、全角タイトルは元の日本語にして、アルバムごとにグループを作って。読み方が曖昧なものと容量を先に見せて、確認してから録音して。
AI 連携には、ローカル HTTP MCP またはローカル CLI の実行に対応したクライアントが必要です。音声変換と機器通信は自分のパソコンで処理し、AI に渡す文章やタグ情報は利用するクライアントの設定に従います。
これからも、自分で使いながら、本当に役に立つ機能を少しずつ足していくつもりです。季節の終わりに音楽をまとめることが、面倒な仕事にならないように。気に入っている MD レコーダーを、今のパソコンと無理なく使えるように。
何年か先、また曲に迷ったとき。棚から一枚を選んで再生したら、今日の自分が聴いていた音楽が流れてくる。その中から、まだ知らない次の一曲の入口が見つかるかもしれません。そんな時間を、これからも残していきたいと思っています。
一枚に残した季節が、いつか次の曲の始まりになる。
千弦 / Chizuru
OPEN SOURCE / GPL-2.0-only
MD Studio v1.0.0
Windows 向けの無料オープンソースアプリです。日本語・英語・中国語に対応。インストーラー、使い方、AI 接続の手順を公開しています。
